東亞合成研究年報9号
2006年01月01日発行
論文
高濃度水酸化ナトリウム水溶液に関する考察
鶴見曹達(株)が数年前から製造販売している高純度水酸化ナトリウム水溶液(商品名ClearCut-S)は含有する不純金属類を一桁ppbレベルまで低減した、主に半導体用途向けに開発された製品である。主にシリコンウエーハ(ラップドウエーハ)のエッチング用途に利用されている。このエッチング工程において日本では一般的に47~48%NaOH水溶液が用いられている。最近では更に高濃度(50%以上)も使われだした。この僅か数%の濃度の違いによってエッチング後の出来栄えに差があると言われている。NaOH水溶液側からこれらの疑問を解決すべく化学的な考察にとりかかった。
初めにこれまで詳細にはデータが取られていない高濃度NaOH水溶液の粘度測定ならびにエッチング速度データを取得することから始めた。次いでエッチング後のシリコンウエーハの表面状態を観察し、エッチング後の出来栄えの違いについて確認した。また高濃度NaOH水溶液についての構造的知見を得る為に、フーリエ変換赤外分光法(以下FT-IRと略す)および近赤外分光法(以下NIRと略す)によるスペクトルを得て考察した。また本報告が対象とした濃度とは異なるが、計算機化学手法の導入としての観点からナトリウムイオンに6個の水分子が水和した形の赤外スペクトル理論計算を検討した。今後、水酸化物イオン周りの水和水、そして本論文の主目的である水分子が極めて少ない系にまで適用していかなければならない。
ビスマレイミド化合物の光反応挙動の解析
無置換、一置換および二置換のマレイミド基を有するビスマレイミドを合成し、光照射過程の転化率、ゲル分率、弾性率の変化を比較した。また、マレイミド基の吸光度を測定しLambert-Beer則に基づき転化率を算出することを試みたところ、今回合成したようなマレイミド基濃度が低い化合物の場合でも、簡便に測定が可能であることを見出した。
光反応は、無置換体が最も早く進行し、二置換マレイミドは最も遅く、一置換マレイミドは二置換体よりやや速く進行した。ゲル分率の推移は、無置換体、一置換体、二置換体の順に遅くなったが、一置換体と二置換体の間に顕著な差があった。また、無置換体、一置換体、二置換体の順に、最終的に到達する貯蔵弾性率(G’)が徐々に低下した。
ビスマレイミドの光反応をさらに解析するために、モノマレイミド化合物の光反応生成物から反応様式を推定した結果、無置換体は光二量化反応だけでなくラジカル重合反応がともに主反応として進行するため、転化率、ゲル分率および弾性率の上昇が最も早いと考えられた。また一置換体の場合、主として光二量化反応が進行するが、わずかにラジカル重合が進行するため、二置換体よりも転化率の上昇はやや早く、ラジカル重合を起こすと反応生成物はゲルを生じるので、二置換体と比較すると明らかにゲル分率の上昇が早くなっていると考えられる。
(メタ)アクリレート系光硬化型樹脂の密着性
(メタ)アクリレート系光硬化型樹脂の各種基材に対する密着性について、配合組成や塗膜形成条件の点から検討を行い、特に重要となる因子を調べた。
基材がPMMAやポリカーボネート等のプラスチックである場合、光硬化型樹脂塗工後の加熱が、良好な密着性に非常に効果的であった。この加熱の効果は、低分子量の(メタ)アクリレートを多く含む組成物で特に大きかった。加熱および低分子量化合物の配合による密着性向上は、いずれも基材表面に光硬化型樹脂が浸透する効果に起因すると考えられる。この事は、臭素を含有する光硬化型樹脂をPMMAに塗工して硬化させ、界面をSEMおよびXMAにより分析した結果、強く支持された。この浸透効果を利用すると、硬化収縮率と架橋密度が高く密着性に不利な多官能(メタ)アクリレートを多く配合した組成物でも、良好な密着性を発現することが可能となった。
基材がガラスやアルミニウム等の無機物である場合、内部応力を増大させる低分子量の多官能(メタ)アクリレートの配合割合を増やしていくと、密着性は顕著に低下していった。一方、添加剤としてリン酸メタクリレートを配合すると密着性は大きく向上し、無機基材に対する界面への化学的な作用の重要性が示唆された。
新技術資料
IXE新技術 ~新しい無機陰イオン交換体~
無機イオン交換体「IXE(イグゼ)」は、優れたイオン交換特性と耐熱性を兼ね備えた材料である。その特長を活かして主にIC封止材などの電子材料にイオンキャッチャー剤として使用され、耐湿信頼性向上に寄与している。なかでも、電子材料用封止材中のCl-などの陰イオンを捕捉する無機陰イオン交換体に対する需要がかなりの割合を占めている。
近年の電子材料は、特定の重金属の使用を制限するなどの環境対応化が進められている。また、過酷な条件での耐久性の要求、小型化による配線ピッチの微細化などが進められており、イオンキャッチャー剤に対する要求性能も年々厳しくなってきている。
しかし、無機陰イオン交換体は世の中に知られている材料が少なく、特に高いイオン交換性を有する材料は殆ど知られていない。
そこで、我々は近年の電子材料用添加剤の要求事項を満足できる新しい無機陰イオン交換体の開発を目指し、検討を実施した。
ここでは、合成に成功した新規無機陰イオン交換体の特性について紹介する。
新製品紹介
六塩化二ケイ素(HCD)
今年の6月20日に「半導体の父」ジャック・キルビー博士が、亡くなられた。キルビー氏は1958年に集積回路の概念を考え出し、集積回路のプレーナ技術(シリコンチップ上に複数のトランジスタを含む回路を作る技術)を発明したインテル創立者の故ロバート・ノイス(Robert Noyce)氏(1927~1990年)とならび、集積回路の発明者として広く知られている。キルビー氏が、集積回路の概念を考え出してから約半世紀が過ぎたが、この間さまざまな技術革新があり、一つのチップに搭載されるトランジスターの数(=集積度)は急速に増加した。このことは、1965年にゴードン・ムーア(インテル創設者の一人)が発表した「トランジスタの集積度は、約2年で増倍する」というムーアの法則が良く表している。例えば、DRAMはインテルが1970年1Kbitを最初に発表してから約35年で8百万倍の1Gbyteまで高集積化されている。
この技術革新の裏には、デバイス製造技術の他に新しい材料の開発があったことを忘れてはならない。半導体製造は、シリコン基板にリン、砒素、ボロン等の不純物を添加させるが、集積度の向上に伴いこれらの不純物がシリコン基板内を拡散するのを防ぐため、できる限り低温での処理が必要になっている。
東亞合成では1980年頃から半導体製造用材料の開発を行なっており、これまでジシラン、トリエトキシシラン(TRIES)1)、六塩化二ケイ素(HCD)を上市してきた。これらの材料は、従来のモノシラン、テトラエトキシシラン、ジクロロシランに比べ低温で分解・反応する特徴を持つ材料であり、半導体プロセスの低温化を実現できるというコンセプトで開発された材料である。
特に六塩化二ケイ素は、現在シリコン窒化膜の低温成膜用途で使用されているが、今後は他の用途での使用も期待できる材料である。
直接メタノール形燃料電池用電解質膜の紹介
当社では多孔質フィルムを基材として、その微細な空孔内へ電解質ポリマーを充填した、細孔フィリング電解質膜を研究開発しており、当誌第7号1)においてもその概要を紹介させていただいた。写真1にパイロット機で製造した膜を示す。この電解質膜はイオン伝導性を電解質ポリマーに、膜の強度を多孔質基材に、それぞれ分担させることができるので、電解質膜の設計を行ないやすい特長がある。また、電解質ポリマーが微細な空孔内に拘束された構造のため、電解質の膨潤を物理的に抑制し、この膜を直接メタノール形燃料電池(DMFC)に用いると、燃料が膜を透過し難くなり、燃料利用率の向上や高濃度燃料の使用ができるなど多くのメリットが得られる。これらの原理等については山口や筆者らの文献においても述べられているので、詳細についてはこれらの文献をご参照いただきたい1)~12)。
当社では細孔フィリング電解質膜の特長を生かせる用途として、直接メタノール形燃料電池への応用を考えている。本報では細孔フィリング電解質膜の性能と、DMFCに用いた場合のメリットについて紹介する。
ドライフィルム型ソルダーレジスト「SRF SSシリーズ」
近年、エレクトロニクス製品、特に携帯電話やデジタルカメラ等の軽薄短小化、高機能化が急速に進んでいる。これに伴い需要が大きく伸びているのがFPC(フレキシブルプリント配線板)である。
FPCとは、銅箔と樹脂フィルム(主にポリイミドフィルム)で構成される、薄く、折り曲げることが可能なプリント配線板である。
プリント配線板の表面には半導体やコンデンサの部品がはんだ(solder)付けされる。この場合、はんだ付けをする場所以外を絶縁膜で覆い、隣同士の電極が導通しないように保護する必要がある。この絶縁膜をソルダーレジスト(solder resist)という。
FPCに用いられるソルダーレジストには、従来の硬質なプリント配線板(リジッド基板)用に求められていた機能に加えて耐屈曲性、低反り性が求められる1)。
一方、HDD(ハードディスクドライブ)の分野においても、小型化、高機能化が進んできている。また、従来はHDD用途のほとんどはPC用であったが、ここ数年はDVDレコーダー、携帯音楽機器、ゲーム機器等のPC以外の製品にも搭載されるようになり、この事が需要を大きく拡大させると共に、HDDの小型化、高機能化に拍車をかけている。
HDDの小型化に伴い、ソルダーレジストが使われる部品が薄型化している。この為、従来の柔軟性の低いソルダーレジストを使用すると、基板の反りが生じる事が問題となってきた2)。
以上のようなFPC、HDD分野に共通する課題を解決するものとして、高い柔軟性を特長としたドライフィルム型ソルダーレジスト(SRF)の製品化を目指し検討を開始した。そして更に、各用途に応じた特性を付与する事でFPC、TAB(ベアチップをテープ上に搭載する実装方式)分野向け製品として「SRF SS-7200」、HDD分野向けとして「SRF SS-8000」を開発したので紹介する。
分析技術
液体クロマトグラフ-質量分析装置によるアクリルオリゴマーの分析
液体クロマトグラフィー(LC)やガスクロマトグラフィー(GC)に代表されるクロマトグラフィーは複数成分からなる試料の分離分析に大きな威力を発揮する。一方、質量分析(MS)は高い検出感度と分子構造情報を得る能力を兼ね備えているという他の分析法にはない特長がある。このような利点を持つ2つの分析装置を結びつける、すなわちクロマトグラフの検出器として質量分析装置を用いることで「混合物中の微量成分の分離・同定・定量」が可能になる。このような分析装置として分析研究室ではGC-MSを所有しており、揮発性有機化合物や高分子材料からの発生ガス分析などに活用してきた。しかしGC-MSでは難揮発性化合物や高極性化合物の分析は困難であり、測定できる分子量範囲も数百までに制限されるという欠点がある。これに対して液体クロマトグラフィーの検出器を質量分析装置とした液体クロマトグラフ-質量分析装置(LC-MS)は比較的高極性の化合物の分析を得意としており、且つ分子量は数万まで測定可能である。このようにLC-MSは広い適用範囲を持っているため分子量数百程度の医薬品からペプチド・タンパク質にいたるまで様々な化合物の分析に活用されている1)2)。
分析研究室では2005年にLC-MS装置を導入し、種々の試料への応用を試みてきた。本稿ではLC-MS装置の原理と特徴、実際の測定例を紹介する。
研究コラム
個性豊かな研究開発で大きく羽ばたこう
掲載:『TREND』9号
所属:接着剤研究所
執筆者名:森 義和
秦野・小田原そして箱根から
掲載:『TREND』9号
所属:アロンエバーグリップリミテッド
執筆者名:高橋 伸