東亞合成研究年報3号
2000年01月01日発行
論文
乳化共重合反応のシミュレーション
基本的な乳化重合は、水、乳化剤、水溶性開始剤、及びモノマーの4成分から構成される複雑な異相系ラジカル重合である。工業的にはさらに成分が多様化し、益々複雑さを極めることになる。従って、その動力学的挙動を定量的に解析することは容易ではない。しかし、その複雑さ故に、定量的に重合プロセスを解析することは工業的にも極めて重要である。
本研究の目的は、乳化共重合動力学理論に基づいたシミュレーションシステムを作成してその妥当性を検証するとともに工業的な利用を可能とすることにある。
本研究で用いた埜村らの提唱する乳化共重合動力学理論は、スチレン-メタクリル酸メチル共重合系でその妥当性が詳細に検証されており、精度及び実用性の両面で高く評価されている。今回、この動力学理論により反応性比が極端に異なる酢酸ビニル-メタクリル酸メチル共重合系についても重合挙動及び粒子生成挙動を正確に予測できることを確認し、同理論の有効性を明らかにした。さらにゲル効果を考慮して反応速度定数を取り扱うことで計算精度を向上できることを確認した。また、この取り扱いが工業的な利用の面でも重要であることをセミバッチプロセスの除熱挙動予測から明らかにした。
マクロモノマーを利用した水溶性グラフトポリマーの石炭分散剤への応用
各種マクロモノマーを使用して疎水性側鎖を有する水溶性グラフトポリマーを合成し、石炭用分散剤として応用を試みた。ポリマーの性能は石炭や疎水性顔料などの分散物に対する吸着量や、石炭の分散性を調べることによって求めた。その結果、グラフトポリマーの側鎖は疎水性表面に対するポリマー吸着量を向上させる効果を有しており、また種々の分散物に対する吸着量は側鎖の種類に依存した。石炭に適する側鎖の種類はポリスチレンであった。吸着量の向上に伴って、石炭の分散効果も向上し、ポリスチレン側鎖を有する水溶性グラフトポリマーは石炭分散剤として有効であることが分かった。
水溶性樹脂を用いたMacrodefect-Free(MDF)セメント硬化体の耐水性の改良
セメントを主成分とし、水溶性ポリマーと水を配合して成形することで、高い曲げ強さを示すMacrodefect-Freeセメント硬化体(以下MDF硬化体と略記する)を得ることができる。筆者らは、MDF硬化体の観察により、同硬化体の構造は部分水和したセメントが、粒子毎に水溶性ポリマーの緻密な三次元網目体に接着内包されたものとなっていることを確認し、その物性はこの構造により得られるものと考えた。更に、水溶性ポリマーとしてポリアクリルアミドを使用した場合、そのアミド基の加水分解を促進し、生成するカルボキシル基を多価金属イオンで封鎖してポリマー網目を不溶化すること、及びセメントの水和反応を促進させることによって、MDF硬化体の耐水性を大幅に向上させることが出来た。現在、この手法に改良を加えたMDF硬化体は実用レベルの耐水性が得られている。
光硬化性シルセスキオキサン(SQ)
オキセタニル基(OX)やアクリル基(AC)などの光重合性基を有するシルセスキオキサン(SQ)の合成、およびそれらSQの光硬化型材料への応用について検討した。
光カチオン硬化性のOX-SQは、トリエトキシシリルオキセタン(TESOX)をIPA溶媒中で加水分解し、縮重合させることで合成された。得られたOX-SQは、数平均分子量が約2,000の無色透明の粘性液体であり、種々の汎用溶媒に可溶であった。OX-SQの合成において、TESOXの初期仕込み濃度が高くなるほど、生成物の分子量および分子量分布が増大する傾向にあった。NMR等の機器分析によれば、得られたOX-SQは種々の骨格構造を有するSQの混合物からなることが明らかとなった。OX-SQは、光カチオン系の開始剤によって良好に光硬化し、耐溶剤性に優れた高硬度(6H)のコーティング膜を形成した。
光硬化性SQの分子骨格の一部にシリコーン鎖(SI)を導入したOX-SI-SQ、AC-SI-SQの合成およびその物性についても検討した。これらSQは汎用の光硬化性モノマーと良好な相溶性を示し、透明な無溶剤型樹脂の調製が可能であった。光硬化により得られた樹脂硬化膜は、油性インキを完全に弾くなどの優れた耐汚染性を有しており、シリコーンの特性が良好に付与されていたことが明かとなった。
DNA低コスト合成法の開発
DNAオリゴマーは現在PCRプライマーなどに広く使用されているが、医薬・治療の分野でもそれを用いた応用研究が盛んに行われている。しかし、DNAオリゴマーを素材としてみた場合、あまりにも高価であり、このことが今後実用化する際に大きな阻害要因になると考えられている。そのためDNAオリゴマーの合成コストを削減する方法について、米国のベンチャー企業を中心に研究されているが、これを大幅に改善するような成果は得られていないのが現状である。
そこで筆者らはDNAオリゴマーを低コストで合成するための方法を開発する目的で、現在のDNA合成法の主なコスト要因であるDNA合成試薬、それを用いたカップリング反応、さらにその後の硫化工程についてそれぞれ再検討を行った。その結果、現行法のコストに比べ、それを大幅に削減できる新しいタイプのIn situ DNA合成法を見出した。