東亞合成研究年報8号
2005年01月01日発行
論文
液化塩化水素中(AHCL)の水分挙動
液化無水 塩化水素(Liquified Anhydrous Hydrogen Chloride::LAHCL)はシリコンエピタキシャル及び化合物半導体の世界で幅広く使用されている。半導体製造の世界では顧客のニーズにより年々高集積化が要求され、それに伴い原料素材に要求される品質も厳しくなってきている。特に水分は水分そのものが汚染物であること以外に、工程の中で液化し腐食を促進し新たな工程内汚染を引き起こす重要な潜在因子である。日本で採用されている水分分析法は露点法が最も一般的であるが、この方法は容器から無水塩化水素(Anhydrous Hydrogen Chloride:AHCL)ガスを放出するときに、単蒸留操作の初留部分で測定することになり水の沸点がAHCLの沸点より高いため、ガス放出開始時は常に低い値を示し、釜残に近づくにしたがい水分濃度は高くなるという挙動を示す。即ち、容器内の水分平均値を測定できない性質がある。この問題を克服するため、無水石英を窓とする耐圧分光セルにLAHCLを採取し、水分の持つOH基のシグナル(1340nm)で定量する方法を開発した。
更に、本分析法を駆使して、AHCLの気相と液相間での水分分配定数を各温度で求めた。本定数は新規に精留塔などを設計する重要な指針となるほか、LAHCL中の水分濃度を管理することにより顧客が使用するAHCL中の水分動態を把握できることから極めて有用である。上記二つの成果を利用して開放整備容器内で起こる水分挙動を把握し、容器に基因する汚染源をつきとめ新しい容器整備方法を確立した。
3-Ethyl-3-hydroxymethyloxetane / Epoxides配合系の光カチオン重合特性
我々は、これまでにエポキシ化合物をプロモーターとしたオキセタン配合系が優れた硬化性を有することを明らかにしてきている。安価に供給可能である3-ethyl-3-hydroxymethyloxetane(OXA)配合系は硬化性向上に有効であるが、その重合挙動の解明は充分とはいえなかった。また、OXAは親水性が高いため吸湿性が高まる事が予想されるが、これまでに水分の影響についての定量的な検討は報告されていない。
本報告では、エポキシ化合物(3,4-epoxycyclohexyl-3',4'-epoxy-cyclohexane-carboxylate(ECC)およびbisphenol-A-diglycidylether(BADGE))とOXAとの配合系を用いて、重合発熱量測定および重合時の粘弾性変化の測定により、光カチオン重合挙動の検討を行った。また、液状組成物を高湿度にて強制加湿し、吸湿性および任意水分量の存在下での硬化性の検討もあわせて行った。
上記評価により、ECCの硬化においては塗膜表面からの水分の拡散が硬化速度に大きな影響を与えること、また、ECC/OXA配合系においてはグリシジルエーテル系とは異なる連鎖移動の寄与の可能性が示唆された。
技術資料
ポリマー構造を制御した新規顔料分散剤
顔料は着色材として、また填料として塗料、インキなど様々な分野で使用されている。最近では家庭用インクジェットプリンタ用のインクとしても用いられており、それら使用分野により水から有機溶剤まで使用媒体も様々である。特に最近では地球環境保護、作業環境の改善等から塗料、インキの水性化が望まれている。また、顔料自身も様々な顔を有しており、それら顔料を媒体中で安定な分散体として使用できることが求められている。
顔料を分散させるために「顔料分散剤」が多く用いられている。顔料分散剤といっても使用時に顔料がある程度分散していれば良い沈降抑制剤的なものから、長期間その分散性を維持しつづける必要のあるものまで要求性能も異なっている。さらには分散剤に顔料の分散安定化以外の性能を要求する場合も少なくない。
本稿では主に水系媒体中での顔料分散について紹介する。一般的に水系媒体中で顔料を使用する際には、顔料自身に官能基を修飾した自己分散性顔料、顔料を樹脂で覆ったカプセル化顔料、そして高分子分散剤を使用した顔料分散体が用いられている。自己分散性顔料は分散の不安定化は起こりにくいがコストが高く、また、使用時にバインダー等を用いないとメディアへの定着性が悪いという課題を抱えている。カプセル化顔料は顔料種によらず表面構造を等しくできるが、使用する樹脂量が非常に多い。また、カプセル化顔料自身を媒体に分散させる技術が必要となる。それに対し、高分子分散剤を使用した系ではメディアへの定着性等分散性能以外の要求を満たすための新規セグメントの導入も可能であり、樹脂量も必要最小限に調節することが可能である。そこで本稿では高分子分散剤の構造面に着目した開発について紹介する。
高温重合法マクロモノマーの単分散微粒子合成への応用
ミクロンサイズの高分子微粒子は、塗料の艶けし剤、フィルムのブロッキング防止剤、プラスチック用光拡散剤、化粧用添加剤等の用途に古くから工業的に利用されている。さらに近年、情報産業分野を始めとする利用場面で、粒子径、粒子径分布、および粒子形状について、より高度な制御が求められるようになった。このようなニーズに応えるべく種々の微粒子合成法が提案されている。中でも分散重合法は、比較的簡便な重合操作により、ミクロンサイズで、かつ単分散の微粒子が合成できることから注目されている。
分散重合とは、媒体に溶解したポリマーの存在下に、モノマーの状態では媒体に可溶であるが、重合によりポリマーを形成すると媒体に不溶性となるようなモノマーと溶媒の組み合わせにおいて行われる重合である。生成粒子が単分散となるには、重合のごく初期に安定粒子が形成され、さらにその安定粒子が合一することなく成長することが必要である。そのためには分散状態を安定化するような可溶性ポリマー(分散安定剤)の設計が重要なポイントとなる。
分散安定剤としては、アルコール系溶媒での分散重合用として、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドン(以下、PVP)等がよく知られている。これらの分散安定剤は重合中の連鎖移動反応によりグラフトされ、粒子表面に束縛されることによって生成粒子を安定化すると考えられている。Paineはグラフトポリマーの生成とその立体安定化効果により単分散微粒子が生成する機構を定量的に説明している。
GP生成による粒子安定化効果を、より積極的に利用する観点から、分散安定剤としてマクロモノマーを利用することも研究されている。例えばポリオキシエチレン(以下、PEO)マクロモノマーやポリオキサゾリンマクロモノマーが、水/アルコール溶媒でのスチレン(以下、St)およびメタクリル酸エステルの分散重合に有効であることが報告されている。しかし、これら従来のマクロモノマーでは、その共重合性および構造上の制約に由来して、生成粒子数を抑制し、かつ成長粒子の安定化を維持することが難しく、ミクロンサイズの単分散粒子を安定製造することは困難である。
また従来のマクロモノマーは多段での合成法に由来して高コストであり、また官能基の導入上の制約が多いという問題を有していた。しかし最近、河合は高温ラジカル重合法によるマクロモノマーの一段合成法を見出し、種々の官能基を有するマクロモノマーを極めて安価に製造することを可能としている。本マクロモノマーの共重合性についても詳細に研究され、その共重合挙動が、末端不飽和結合の前末端基構造により異なることも明らかにされている。高温重合法では、カルボキシル基等の極性基を有するモノマーと疎水性モノマーの共重合により、界面活性能を有するマクロモノマーも一工程で製造可能であり、エマルション重合用の乳化剤として利用されている。これらは、共重合性に加え、疎水表面への吸着力とカルボキシル基による静電反発を自由に設計できることから、分散重合用の反応性分散安定剤としても興味深い。
本稿では、高温重合法により合成したカルボキシル基含有マクロモノマーを極性溶媒系での分散重合用の分散安定剤として応用した結果について報告する。また本系で得られた単分散微粒子をベースとして開発した高架橋微粒子の性能についても紹介する。
ホログラフィックデータストレージの技術動向
インターネット等の普及により大容量かつ高速転送レートを満たす次世代のストレージシステムが要求されている。光記録技術ではBlu-ray、HD-DVDの次世代に位置付けられる200G~1TB/diskの開発が進められている。主な技術として、ホログラフィックデータストレージ(HDS)、近接場光記録、多層記録が候補とされているが、次によりHDSが有利と考えられている。第一に転送レートである。HDSは記録・再生をページデータで扱うためページあたりのデータを大きく(メガビット:Mbitオーダー)することで転送レートを飛躍的に向上させることができる。これに対し近接場や多層記録はビット・バイ・ビット(bit by bit)方式であるため不利である。第二に大容量化である。HDSでは多重化が可能であるため高密度化が容易である。これに対し、ビット・バイ・ビット方式では多重化ができないため、スポットサイズを小さくすることにより高密度化することになるが、高開口数(NA)のレンズ、記録光源の短波長化というようにハード面での制約がある。
このように、HDSは魅力的な技術であり1970年代から研究されているもののなかなか実用化には至らなかった。しかし、1990年代に、2次元ページデータの画像処理に必要なSLM(Spacial LightModulator)、DMD(Digital Micromirror Device)等の空間変調器、CCD(Charge-Coupled Device)、CMOS(Complementary MOS)等の撮像素子がプロジェクターやビデオカメラの普及で高性能化されたというシステム面でのブレークスルーがあったことに加えて、米国におけるHDSS(Holographic Data Storage System)、PRISM(Photorefractive Information Storage Materials)といったコンソーシアムや日本国内のベンチャーによる新規な光学系を用いたシステムの発表等により、これまでになく実用化に近いシステムが立上ってきているという段階である。
本稿では、ホログラフィックストレージの技術動向としてフォトポリマー材料を用いた記録媒体を中心に述べる。
新製品紹介
ICカード用ホットメルト接着剤
近年ICカードは、ICテレフォンカード, JR東日本の乗車券SUICA, ICクレジットカードに代表される様に多くの分野で採用されている。特にICカードとリーダ/ライター間のデータ通信を電磁誘導で行う非接触型ICカードは、高速な処理が必要とされる交通分野や、操作性やスピーディーな支払いが要求される流通分野などで特に増加している。非接触型ICカードは、ICチップ及びアンテナコイルが載った回路基板層と表層基材とを接着剤で接着する構造となっている。カードの基材には、従来塩化ビニル(以下PVCと略す)が用いられていたが、環境問題からポリエチレンテレフタレート(以下PETと略す)やPETに1,4-シクロヘキサンジメタノールを共重合したPETGと呼ばれる樹脂材料に切り替わってきている。接着材料には、これら基材への接着性とICチップの凹凸を埋め込む機能,カード特性を両立するものが求められている。
一方、当社では、共重合ポリエステル系ホットメルト接着剤アロンメルトPESを上市しており、以下の特徴を有する。
1.優れた接着性:PET, PVC, ポリカーボネート(以下PCと略す)などのプラスチック材料,アルミ,銅,鉄などの金属材料の接着に優れている。
2.優れた物性:凝集力があり、強靭で柔軟な樹脂である。
3.優れた電気特性:絶縁抵抗,耐電圧に優れる。
4.良好な作業性:ペレット, フィルム, 溶液タイプなど様々な形態が可能である。
5.安全性:環境に配慮した無溶剤のホットメルトタイプである。
本稿では、アロンメルトPESの技術を応用し、ICカードの製造に用いられる積層用接着やICチップモジュール固定用ホットメルト接着剤を開発したので各々の製品の特徴,性能,使用方法などを紹介する。
新工業用アロンアルフア「EXTRAシリーズ」
当社は1963年に工業用「アロンアルフア」を上市し、既に40年余り経過している。この間にも硬化促進剤・安定剤の改良、またシアノアクリレートに含まれている酸性不純物を低減することによる接着速度の向上などにより「アロンアルフア」はより高性能に進化してきた。
しかし、用途も広範にわたっており、顧客からは以下の性能を向上させることを望まれている。
1.接着耐熱性
2.難接着材(FRP、EPDMなど)への接着性
3.皮革への接着性
4.高クリアランス接着性(隙間が多い部分の接着性)
5.硬化物無白濁
これまで、これらの性能を個別に改良したグレードはあるが、今回はシアノアクリレートの合成及び配合を根本から見直すことによりこれら全ての性能を向上させた「総合力の高い」原液を開発した。そしてその技術をもとにして製品化させたのが、新工業用アロンアルフア「EXTRAシリーズ」である。ここでは開発経過とともにその性能を紹介する。
新技術紹介
高性能無機陰イオン交換体 IXE-700Fシリーズ
無機イオン交換体「IXE(イグゼ)」は、優れたイオン交換特性と耐熱性を兼ね備えた材料です。「IXE」は、半導体封止材料等に添加することで信頼性を向上させることができます。
新たに開発したIXE-700Fシリーズは、高温域でのイオン交換性能が特に優れているため、耐熱性が要求される半導体封止材料に適しています。
近年、環境への配慮から重金属の使用を控える動きが加速されています。IXE-700Fシリーズは、重金属フリーを実現した環境にやさしい材料でもあります。
分析技術
走査プローブ顕微鏡による表面形状観察
固体表面の微細形状を観察する装置としては数10倍の低倍率から数万倍の任意の拡大視野を測定できる走査型電子顕微鏡(SEM)がよく利用される。特に電界放射型電子銃を搭載したFE-SEM装置は比較的簡単な操作で高倍率観察でき、低加速電圧条件下では表面の微細な凹凸形状が忠実に反映されるため汎用ツールとして活用されている。ここで、通常のSEM像は二次元情報であるため表面で観察された部位について垂直方向に定量的な計測をすることはできない。また、表面の凹凸高低差が微小で数nmレベルになるとSEMで構造を認識することは困難になり、単なる平坦面としか観察されなくなる。
一方、走査プローブ顕微鏡(SPM)は先端の曲率半径が10nm程度の極めて細い短針(カンチレバー)を試料の表面に近づけ、短針先端の原子と試料表面の原子との間に働く引力または斥力を制御しながら表面を走査することで形状を画像化する装置であり、次に示す特徴がある。
1.三次元情報として立体的な像が得られる。
2.垂直方向の分解能は0.01nmであり、極めて微細な原子レベルの凹凸形状を測定できる。
3.形状以外に局所の粘性、弾性、摩擦力、吸着力などの差を反映したドメイン観察(マッピング)ができる。
4.大気圧、真空、水中など様々な雰囲気条件下で観察可能。
SPMでは試料を真空環境下に置かずに測定できるため、例えば水で膨潤した状態のポリマー表面を観察するなどSEMでは原理的に測定できない材料系の形態を調査できる。本稿では、外部測定機関へ依頼して得られた結果を中心にSPMによる分析事例を紹介する。
研究コラム
研究・開発を楽しむために
掲載:『TREND』8号
所属:高分子材料研究所長
執筆者名:栗山 晃
遺伝子あるいは神について
掲載:『TREND』8号
所属:日本純薬株式会社
執筆者名:岡田 稔